自殺論②

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罪と罰』(ドストエフスキー 以下、岩波文庫版)のラストで、主人公・ラスコーリニコフはネヴ河の淵に立ちながら、結局、妹・ドゥーニャの待つアパートへと戻ってくる。

ドウーニャ
「もう、苦しみを受けに行く覚悟は、ついてらっしゃるんでしょう?兄さんはいらっしゃるんでしょう?」
ラスコーリニコフ
「行くよ、すぐに。そうだ、この恥辱からのがれるために、僕は身を投げようと思ったんだよ、ドゥーニャ。けれども、もう水を前にして立ってから、こう思った。もしおれが、今まで自分を強者だと思っていたんなら、今になって恥辱を恐れることがあるものかって。」
「しかし、これは傲慢だろうか、ドゥーニャ。」
ドゥーニャ
「傲慢だわ、ローヂャ。」
ラスコーリニコフ
「だがドゥーニャ、お前は、僕が単に水を恐れたのだとは思わないのかい?」

ラスコーリニコフは、最後の科白を、醜い笑いを浮かべながら言い放つ。
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そして彼は、ついに自首を決意する。ドゥーニャのもとを離れ、最後にソーニャを訪ねるラスコーリニコフ。彼はそこでもなお、自分の殺した金貸しの婆あを「蚤」と言い切り、最後は、警察へついてこようとするソーニャに嫌気が差したかのように、彼女の家を飛び出して警察へ向かう。
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彼は、警察で真相を告げる間を窺っているうちに、妹に求愛する仇敵であったスヴィドゥリガイロフが、ピストルで頭を打ち抜いて自殺したことを知る。
それを聞いたラスコーリニコフは呆然とし、ふらつきながら、警察署の外へ出る。

と、そこに、出口から遠くないところに、死人のような真蒼な顔をしたソーニャがじっと立って、恐ろしい、殺気だった眼つきで彼を見ていた。彼は彼女の前に立ちどまった。彼女の顔には、何やらいたましげな、悩みつかれたような、絶望的な色が浮かんでいた。彼女ははたと手をうちあわせた。醜い、茫然自失したような微笑が、彼の口辺に絞りだされた。彼は暫く立ちどまっていて、にたりと笑うと、また階上の警察の方へ引っ返して行った。

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なぜ、ラスコーリニコフは、「醜い笑い」と共に、妹にあんな科白を吐いたか。スヴィドゥリガイロフの死の何に衝撃を受けたのか。なぜ、ラスコーリニコフは、「にたりと笑って」、ソーニャに背を向け、警察へと戻っていったのか。私の答えはそこにあるんだろう。