まあ、いつかは気付くんだから、文句はこっちで言って欲しかった

最近、随分とアクセスが多いな〜と思ったら、やっぱり2chでしたか。
以下、『群青の空を越えて』についての追加コメント&言い訳です。
http://www.geocities.jp/judge13th/o18/gunjyou.html
自分が世の趨勢と反対の意見を書いていることは自覚していたので、ああいう反応は予期はしていたんですけどね〜。それゆえにこの文章は常体なんですよ。もっとも、予期していたのと感情的に受け入れられるのかは全然別なんですけど。
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私は「若菜ルートが一番酷い」と書きましたが、逆に若菜ルートが好きな方は、グランドルートを素直に楽しめたんでしょうか?
若菜ルートで、彼女が唐突に円経済理論を「理想」と言い切り、萩野憲二のことを「尊敬している」と言った場面があったはずです(確か)。でも、若菜ルートで彼女の頭にあった円経済理論は、グランドエンドで「大嘘」だったことがわかります。それを利用する人間に歪められ、本来の理想とは大きく異なった、「関東独立」のもたらす権益目的のモノじゃないですか?
若菜ルートの筑波の学生は、こんな歪んだ利用された「理想」のために戦い、多くの仲間が死んでいったんですよ?これ、痛烈な皮肉じゃないですか?
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60年前に、「大東亜共栄圏」っていう、雄大な「理想」があったのをご存知ですか?それを信じて、私達の爺ちゃんの世代が現実にバタバタと犬死にしていったワケですよね?
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死に瀕すれば、その生き様には自然とドラマが生じます。自分が確実に死ぬまでの1分間に何をするかという場面は映えるかもしれません。
ですが、あそこで若菜が死ぬ理由は何ですか?何で彼女は死ななければならないんですか?「何を守って」死んだんですか?そう考えると、アレは紛れも無い「犬死」じゃないですか?それを、「後から気付かせる」ことって、相当に意地の悪いコトだと思うのですが…。
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前半の学生シナリオには、私には戦う理由が見い出せません。
あなたには、「関東」または「関西」と戦争する理由がありますか?ほぼ同じ文化を共有する人間同士が、「縄文・弥生」の差異を理由に殺し合うことが出来ますか?普通、無いですよね。
それを乗り越えるだけの「理想」が彼ら学生にあったという描写なんですが、それは、後で、「誤解」と宣言されるんですから。
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一方の社の方の戦う理由は、「俺だけが生き残るわけにはいかない」って感じです。こうやって、全員が死んでいるんですよね。
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あと、若菜&加奈子シナリオで、美樹を初めとする指令層は徹底抗戦を選択します。そこまでして何を守りたいのかというコトもさておき、「戦闘放棄は敵前逃亡とみなします」ですよ?自分達だけならともかく…。
この二つのシナリオでそこに何の疑問も挟まれないというコトは、後の展開への伏線のような気がします。
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繰り返しますが、「私」が、最も考えが近いのは「関西」です。
私は戦争が嫌いと書きましたが、関西政府の戦後処理の「巧みさ」を否定はしません。むしろ、そういう「大人の汚さ」はあって然るべしという感覚です。
「関西」の人間は、グランドシナリオにあるように、円経済理論を否定はしてません。彼らはそれを「理想」と感じつつも、100年先の理想よりも明日の生き方を選んでいるわけで、私にはむしろその方が現実的でした。
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で、このゲームを「凄い」と思ったのは、その「関西」の考え方をも、グランドシナリオで一蹴するんですよね。「真・円経済理論」のくだりですね。
「関西」の考え方は、地に足が付いている分、非常に志の低いモノです。私はそれを「現実的」と捉えてましたが、最後にこの作品は、再び「理想」を描いてみせるワケです。
一度、藤谷教授や貴子という「関西」の人間を味方に付けながら、最後に再び「関西」「米軍」の反動勢力の抵抗を招く描写のバランスは見事。彼らは、「関東」の「偽物の理想」を切り捨てながら、「関西」の「現実感」を、「本当の理想」で更に乗り越えようとしたような気がするのです。そうである以上、単なる終戦工作を越えて、「関西」勢力の反動と反発を買うのは当然に思えました。そう、私(「関西」)は、この作品に「追い越された」んです。
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ただ、ここの描写も相当に素直ではありません。
おそらく、作者の意図としても、「本当の本当の理想」は、ラストの社の演説の中身ではなく、その前に各メンバーを前にして社が語った本音の方でしょう。それでもなお、「萩野憲二の息子」を意図的に演じる社の姿は、言わば「偽物」です。
彼らは「本当の本当の理想」が何であるかを悟ったはずなのに、大衆にはそれをそのまま示さない。…もの凄く、「大衆」を軽視しているんですよね。作中で「犬」って言葉まで使ってますからね。
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この「大衆蔑視」を踏まえて見れば…やはり、若菜シナリオを初めとする学生たちの「理想への妄信」は、皮肉が込められているような気がするんですけどねえ…。
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このゲーム、進めば進めるほど、詳細がわかってくる作りのような気がします。円経済理論・日下部諒という人間・萩野憲二・この戦争の始まった経緯、など。この辺の構成力は見事。
開戦の場面が無いのは意図的だと思います。「最初」があれば、そこからなし崩し的に「間違い」ってのが見えてしまうでしょうから。
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これは、学生を止めてしばらく経った私の実感ですが、学生の時の私なんて無知で青臭いですよ。その頃は成長したつもりでいても、今から振り返れば全然足りない。そのコトに、当時は全然気付かなかったんですよ。そういうモノなんですよ。
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ここからはホントに傲慢なコメントです。
本当に「この作品はフィクション」って思ってプレイしているんでしょうかね?まあ、あの作品紹介ですから、戦争が嫌いな人がこの作品を買うことはほとんど無いんでしょうけど、私以外に戦争への嫌悪感を感じた感想って驚くほど少ないですね。
私は、ゾンビなら殺せますけど、理由も無く関西人は殺せないですよ。もちろんフィクションだとわかっていても「嫌」ですね。
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反論は是非。