此処は穴、浅い穴 vol.2

これは私が日頃思っていることです。なので(笑)読まない方が無難です。
本当はこんなコト書きもしない方がいいんでしょうけど。
 :
私は、その意見がその人にとって利益のある場合の発言を信用しません。
 :
論ってのは、過程の果てに結論が在るのではなく、実は結論が先に在ってそれに理由付けているのが大半です。
なので、その人の利益になる結論の話は、常に「コイツは自分が○○したいだけなんだ」と感じるモノです。その人の意見が自分と異なる場合は、特にそう感じます。
 :
何かというと、昨今のエロゲに対する批判的な世間の風潮に対する「エロゲ擁護の仕方」です。
 :
他のBlogを見ると、一から十まで「エロゲ擁護」に徹する文章が目立ちます。コレって、エロゲーマーから見れば非常に印象が悪いと思うんですよ。
「コイツはただエロゲがやりたいだけじゃん」
内容を抜きにして、それ以前に、そう思われるような気がします。
 :
ですので、「論の立て方」として、私は多くの場合、文章中に何らかの「エロゲ批判」を含んでます(そのはず)。例えば「もっと制限はかけるべきだ」と書いたりしてますし、昨日の日記でもわざと有害図書に指定する理念自体」には批判を加えていません。
だってそこはやっぱり正しい(と思う)んですよ。
「ダメなモノはダメ、イイものはイイ」と区分けすることで、「別に無批判に否定するのではなく、理由立ててダメって言ってるんだよ」をいうニュアンスを含ませてる…つもりです。ま、私の文章がどのように世間様に見られているのかはわからないところですが。
 :
もちろん「エロゲ批判」の部分は嘘ではありません。私は人生の何よりエロゲが大事というワケではないですし、結果としてエロゲ批判に傾くことがあるのは当たり前です。
とはいえ、こうやっていっつもエロゲをやってるんですから、好きなのも当たり前です。なので、私には「何らかの意図」があって、こういう文章を書いてます。ですが、その「意図」をあまりに見え透いた形にすると、かえって「私の望む結末」を生まないような気がするのです。
実は、何が本当の私の意見なのかだとか、私の論が果たして正しいかなど、どうでもいいのです。要は「私の望む結末」が得られればいいのです。
 :
文章を書く人は、その程度の意図は持ち合わせていると想像しておいた方が無難です。私はレビューを「主観で当たり前」だと思いますし、そう言ってます。それは、こういう理由です。
世論なんて、簡単に動かせます。自分の望む方へ動かすのは難しいですけど。
 :
ついでにもう一つ。
 :
昨日コメントをいただいた元レビュアーさんのように、サラリーマンたる私も顔バレの危険性には怯えています(笑)。
エロゲ批判については、万が一何かあったときに「私はこういうことを書いていたんだ」と抗弁できる、そういう意図があって書いている…という意味もあります。
そして、それだけ書けるモノがあるということは、やっぱり、エロゲってそれなりにマイナスの面を持つということだと思うのです。そしてエロゲーマーは、そこをもうちょっと踏まえておくべきだとも思うのです。
 :
しかしそれとは別に、「自分達は自分達のプレイしているモノが危険なモノだと認識している」とアピールしておくことは、エロゲ人生においては決してマイナスにならないと思うのです。
エロゲーマーはみんな純ですよ。本当にエロゲを守りたいのなら、批判よりも妥協点に落ち着かせる方がよっぽど現実的ですし。
 :
この文章はかなり本音を書きました。策略抜きで。そういうことにしといてください。